経営者の孤独と再生——東南アジアでコロナ禍を耐え抜いた日々

海外ビジネス・生活のリアル

こんにちは、Dextaです。

海外で企業経営をしていると、会社の規模の大小に関わらず孤独を感じない日はありません。

頼れる人が限られ、日々の判断責任をすべて自分で背負う中で、コロナ禍は経営者としての覚悟と精神力を根本から試された出来事でした。

この記事では、あの時に感じた絶望と孤独、そして乗り越えた先に見えた教訓についてお話しします。


1.売上急減と資金繰り難——終わりの見えない不安

コロナ禍の初期から、東南アジアに拠点を置く弊社では状況が一変しました。

街から人が消え、工場も止まり、売上はみるみるうちに減少。しかも、東南アジアでは外資系企業への補償金や補助金は一切なく、日本のように行政の支援を頼ることもできません。

唯一できることは、固定費をミリ単位で削り、支払い条件を一社ずつ交渉していくこと。

ただ、ひひたすら現金が減っていく現実に向き合うしかありませんでした。

このとき感じたのは、経営者としての絶望感と、どこにも相談できない孤独。社員の生活を守りたい気持ちと、資金が尽きるかもしれないという現実の間で揺れ続けました。

夜も眠れず、「あと何ヶ月持つだろうか」と銀行残高を数える日々が続きました。


2.借り入れだけが唯一の選択肢だった

そんな中で唯一残された生き残り策が「借り入れ」でした。

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しかし現地の銀行からの融資は実質不可能。担保もなく、外資というだけで門前払い。頼ることができたのは、株主と取引先だけでした。

いわば力技の資金繰りでしたが、それがなければコロナ禍の間に確実に倒産していたと思います。

この時ばかりは、株主や取引先の理解と支援に心から感謝しました。もちろん、そのお金は今でも地道に返済を続けています。

あの時の借り入れは、単なる資金ではなく「信頼の証」でもありました。


3.家族が帰国し、訪れた本当の孤独

コロナが広がる中、家族は安全を考えて早々に日本へ帰国しました。

仕方のない判断でしたが、その瞬間から本当の意味での孤独が始まりました。昼間は社員の前で明るく振る舞い、夜になると自宅の静けさに押しつぶされそうになる——そんな日々の繰り返しでした。

心の拠り所になったのは、日本にいる家族とのオンライン通話、そして現地で同じように奮闘する数少ない起業家仲間たち。

ただ、極限の状況では、それすらも遠くに感じることがありました。

「誰にもわかってもらえない」という疎外感に襲われた夜も、数え切れないほどありました。


4.絶望の中でも続ける——経営者の「静かな闘い」

何とか踏ん張るしかない——そう自分に言い聞かせるしかなかったあの日々。特別な戦略も妙案もありませんでした。

ただ、コロナが収まる日を信じて耐えるしかありません。覚えているのは、時間が過ぎるのを待ちながら、少しずつ日常を取り戻していったことだけです。

不思議なことに、当時の細かな記憶はあまり残っていません。

ただ、あの時期を振り返るたびに「よくぞ耐え抜いた」と心の底から思います。

出口の見えないトンネルを一歩ずつ歩き続けたあの日々は、間違いなく自分が鍛えられた時間でした。


5.孤独を受け入れる強さ——経営者としての再生

今だからこそ思えるのかもしれませんが(笑)、当時の孤独は恐れるものではなく、自分を見つめ直す時間だったように思います。

経営者にとって孤独は、痛みを伴う一方で、判断を研ぎ澄ませる力にもなります。あの時期を経て私は、“人に頼れない自分”ではなく、“人の支えに感謝できる自分”に変わることができました。

コロナ禍を乗り越えた今でも、経営の厳しさは変わりません。ただ、あの時に培った「耐える力」と「感謝の気持ち」が、今の自分を支えています。

孤独を受け入れたその先にようやく見えてきたのは——再び前を向くための確かな強さだったのかもしれません。


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