正しく任せた“つもり”だった──東南アジアで現場が回らなかった理由

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東南アジアで経営を続けていると、「これはもう任せても大丈夫だろう」と感じる場面が、今でも定期的に訪れます。

スタッフも経験を積み、信頼関係も築けている。そう思えるからこそ任せる判断をするのですが、現場が思ったように回らないことが、今もあります。

自分は正しく任せているはずなのに、なぜか動きが鈍くなる。

結局また、自分が前に出る場面が増えていく。この記事では、そうした試行錯誤の中で見えてきた、「任せ方」がうまく噛み合わなかった理由を整理してみたいと思います。


1. 「任せる」と「放置」は、今も混同しやすい

自分は今でも、極力具体的な指示を減らし、細かい判断に口を出さないことを「任せる」ことだと考えてしまいがちです。

ただ、その状態が続くと、いつの間にか「任せた」つもりが、「放置している」状態に近づいていることがあります。

任せるには、本来、最低限の段取りと確認が必要です。

それを怠ると、現場は自由に動けるのではなく、判断に迷う状態になります。この違いは、今も意識し続けている点です。


2. 判断基準を共有しないまま、今も委ねてしまう

何を優先してほしいのか。
どこまで独自で判断してよいのか。
迷ったとき、何を基準に、どこまで戻ればいいのか。

こうした判断軸を十分に共有しないまま、現場に委ねてしまう場面は、今でも起こります。

東南アジアあるあるなのかもしれませんが、例えば、ある案件で判断を現場に委ねた結果、誰も最終決定をしないまま、話が数日止まってしまったことはよくあります。(笑)

現場が止まるとき、多くの場合は個人の能力や姿勢の問題ではなく、判断材料が不足しているだけです。

任せるとは、自由を与えることではなく、判断の物差しを示すこと。この視点は、今も繰り返し自分に言い聞かせています。


3. 責任を渡したつもりで、今も握り続けてしまう

これは私の悪い癖なのかもれませんが、任せているつもりでも、最終判断や説明責任は、無意識のうちに自分が握ったままになることがあります。

何か問題が起きれば、自分が判断し、修正し、説明する。その構造が残っている限り、現場は慎重にならざるを得ません。

権限をどこまで渡し、責任をどこまで引き受けるのか。その線引きは、今でも調整を続けている課題です。


4. 「信頼しているから説明しない」は、今も起きやすい誤解

「信頼しているから、細かく説明しない。」

今でも、そう考えてしまいそうになる瞬間があります。

ですが、説明を省くことは信頼ではなく、判断材料を渡していない、怠けているだけとも言えます。

信頼しているからこそ、判断に必要な情報や基準を、むしろ丁寧に共有する。その順序を、常に意識するようになりました。


5. 正しい任せ方は、今も試行錯誤の途中にある

正直に言えば、経営者として恥ずかしい限りですが、今も完璧に任せられているとは言えません。

上述の通り、自分が前に出る場面は、依然として少なくありません。

ただ以前と違うのは、うまく回らない原因を「人」ではなく、「構造」として捉え直すようになったことです。

任せるとは、経営者の覚悟や性格の問題ではなく、段取りと調整の積み重ね。その前提に立って、今も修正を続けています。


6. 任せるとは、「構造」と向き合い続けること

正しく任せた“つもり”でも、構造が噛み合っていなければ現場は回りません。

判断基準と責任の所在を、繰り返し明確にし続けること。それを怠らない姿勢があってこそ、任せるという行為は初めて機能するのだと思います。

任せ方に正解はなく、今も試行錯誤を続けています。

ただ、その「構造」と向き合えるようになったこと自体が、今の自分にとっての一つの前進なのかもしれません。


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